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東京地方裁判所 平成9年(ワ)11605号 判決 1998年1月23日

原告 株式会社北陸銀行

右代表者代表取締役 A

右代理人支配人 B

右訴訟代理人弁護士 吉田忠子

同 根本良介

被告 東京都文京中小商工業協会ことY

右訴訟代理人弁護士 竹下甫

主文

一  原告の主位的請求を棄却する。

二  被告は、原告に対し、金二二六六万三五二七円及び内金一〇九一万九〇〇〇円に対する平成四年一月一四日から支払済みまで年一四パーセントの割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は、被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴部分につき仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主位的に借入債務者本人として、予備的に保証人として、被告に対して、主文と同旨の支払いを求める。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (東京都文京中小商工業協会こと被告への貸付け)

(一) 銀行取引約定の締結

原告は、昭和五三年四月一五日、東京都文京中小商工業協会こと被告(被告個人を明確にする趣旨で、以下「被告Y個人」ということがある。)との間で、次の約定のもとに、銀行取引約定を締結した。

被告が原告に対する債務を履行しなかった場合には、支払うべき金額に対し、年一四パーセントの割合の損害金を支払う(年三六五日の日割計算)

(二) 貸付け

原告は、昭和五八年九月三〇日、東京都文京中小商工業協会こと被告に対し、(一)の銀行取引約定に基づき、弁済期を昭和五八年一〇月二〇日として、金一一三一万円を貸し付けた。

2  (東京都文京中小商工業協会への貸付けの連帯保証)

仮に1の被告Y個人に対する直接の貸付の事実が認められないとした場合には、原告は、被告Y個人に対し、次のとおりの連帯保証責任を求める。

(一) 協会との銀行取引約定の締結及び貸し付け

原告は、昭和五三年四月一五日、権利能力なき社団である東京都文京中小商工業協会(以下、権利能力なき社団の趣旨で、「訴外協会」という。)との間で、1(一)と同内容の銀行取引約定を締結し、昭和五八年九月三〇日、1(二)と同内容で訴外協会に対し金一一三一万円を貸し付けた。

(二) 被告Y個人との連帯保証契約の成立

被告Y個人は、(一)記載の昭和五三年四月一五日、原告に対し、(一)の銀行取引約定に基づく訴外協会の原告に対する債務を連帯保証した。

3  よって、原告は、被告Y個人に対し、銀行取引約定貸付の債務者本人として、または連帯保証債務者(主債務者は訴外協会)として、貸金元本一一三一万円のうち残金一〇九一万九〇〇〇円及び弁済期の経過した後である昭和五九年七月八日から平成四年一月一三日までの別紙<省略>のとおりの約定の遅延損害金の合計一一七四万四五二七円並びに右貸金元本残金に対する平成四年一月一四日から支払済みまで約定の年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)(二)の各事実は否認する。

2  同2の各事実は認める。

三  予備的請求についての抗弁(消滅時効)

被告は、平成九年一二月一二日の本件口頭弁論において、原告に対し、請求原因2の(一)の銀行取引約定に基づく訴外協会の原告に対する債務(以下「本件主債務」という)の消滅時効を援用する旨の意思表示をした。

四  再抗弁(時効中断―承認)

訴外協会は、次のとおり、原告に対し本件主債務について弁済した。

<省略>

五  再抗弁に対する認否

再抗弁の各事実は否認する。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録の記載を引用する。

理由

一  訴状訂正申立ての取扱いについて

1  原告は、「東京都文京中小商工業協会ことY」を被告として本訴を提起したが、第四回口頭弁論において陳述した訴状訂正申立書において、被告の表示を東京都文京中小商工業協会と訂正する旨申し立て、第五回口頭弁論において右申立てを撤回した。これに対し、被告は、第五回口頭弁論において、右撤回に異議を述べ、同口頭弁論において陳述した準備書面において、右訂正申立てにより本訴は取り下げられたと見るべきである旨主張した。そこで、右申立て及びその撤回の効果について判断する。

2  被告を「東京都文京中小商工業協会ことY」から「東京都文京中小商工業協会」に変更する申立ては、記載自体からすると、本来は一義的に被告を個人から権利能力なき社団に変えるものである。

ところが、弁論の全趣旨によれば、原告は、訴状で被告「東京都文京中小商工業協会ことY」とする記載により、訴外協会に権利能力なき社団としての性格が認められないことを前提として、被告を訴外協会の代表者を名乗っていたY個人とすることがうかがわれる。そして、訴状訂正申立ては、訴外協会に権利能力なき社団の実体があるというなら、被告を訴外協会(代表者はY)とするという趣旨のもので、右訂正申立ての撤回は、やはり被告をY個人にするという趣旨のものであるとうかがわれる。

3  原告の2のような態度は相手方の対応をしにくくするもので、決して歓迎されることではないが、個人か権利能力なき社団の代表者か分かりにくい事案において、あまり硬直的に表示自体に拘束されるというのは実践的ではない。本件においても、原告のそのような対応が許されないとまでいうのは適当ではない。このような場合には、被告を誰とする訴であるかは、訴状の表示自体だけではなく、原告の真意をも総合して、決定することが相当であり、本件では、原告は、被告をY個人とするが、場合によっては訴外協会とするつもりであったところ、最終的にはY個人と確定したというべきであり、これにより、被告Y個人は、時間的に多少の不便を被ったかもしれないものの、自己の地位の防御に格別の支障を来したというものではない。

したがって、被告はY個人と確定されていると解するのが相当である。反対に、右訴状訂正申立てにより、被告の変更が行われもはやその撤回が許されなくなり、Y個人に対する訴えは取下げられているというのは、いささか訴訟経済に反する見解といわざるを得ない。

そこで、被告をY個人として、実体判断に入る。

二  主位的請求について

1  原告は、主位的に原告がY個人に本件貸付をした旨を主張するが、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。

2  なお、成立に争いのない甲第一号証からは、原告と東京都文京中小商工業協会(以下「訴外協会」という)会長Yの間で、昭和五三年四月一五日、当事者を右とする他は請求原因1(一)記載の内容の銀行取引約定が締結されたことが認められる。そして、成立に争いのない乙第一ないし第七号証(枝番のあるものは枝番全て含む)によれば、訴外協会は、団体としての組織をそなえ、多数決の原則が行われ、構成員の変更にもかかわらず団体そのものが存続し、代表の方法、総会の運営、財産の管理その他団体としての主要な点が確定していることが認められる。

したがって、右契約は、原告が権利能力なき社団としての訴外協会に本件貸付をしたことを示すものと理解すべきものであり、これをもって、原告がY個人に貸付をしたものと認めるのは相当ではない。

三  原告の予備的請求について

1  請求原因2(予備的請求原因)について

請求原因2の各事実(予備的請求原因―訴外協会への貸付とこれについての被告Y個人の連帯保証)については、当事者間に争いがない。

2  抗弁(消滅時効)について

原告の訴外協会に対する貸付の弁済期から一〇年を経過したことは計算上明らかである。

3  再抗弁(時効中断―承認)について

甲第二号証の四ないし九は、手形貸付内入金表であって、表題、表二点及び注意書き等が不動文字で印刷されたものであり、これは一見して、銀行の手形貸付の内入弁済の処理に用いられるものであることが明らかである。また、各記載及び印影は右の表の下の「(注)」記載の注意書きに沿った形式で記入ないし押印されており、不審な点は存在しない。甲第二号証の四ないし九は、その記載から成立の真正を認めることができる。

そして、内入金表の各用紙は、その状態からして作成後数年経ったものであることがうかがえる。すると、右内入金表は、本件訴訟提起を決めた後に一部弁済の事実を仮装するため作成されたものとは考えられず、内入日として記載された日ころに作成されたと推認できる。またこうした内入金表は、銀行の通常の業務の過程に作成されるものである。さらに、内入れは、時効中断との関係では、原告に有利な事情かもしれないが、弁済があったとの事実との関係では原告に不利益な事実である。そうすると、特段の事情のない本件においては、右表記載の内入金額及び内入日が、実際に内入れの行われた日及び金額と一致すると認めるのが相当である。

以上によれば、再抗弁の一部弁済の各事実を認めることができる。

四  結論

そうすると、本訴のうち主位的請求は理由がないが、予備的請求は理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条・六四条を、仮執行の宣言につき同法二五九条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡光民雄)

<以下省略>

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